コースタイム
【1日目】
富士宮口五合目登山口14:22→六合目(雲海荘)14:48→新七合目(御来光山荘)16:13→元祖七合目(山口山荘)17:19→八合目(池田館)18:39
【2日目】
8合目(池田館)4:40→九合目(万年雪山荘)5:36→九合目五勺(胸突山荘)6:43→富士宮口山頂8:01(休憩27)8:28→剣ヶ峰9:10→吉田口山頂9:54(休憩23)10:17→御殿場口山頂10:58→八合目(赤岩八合目館)12:28→七合目五勺(砂走館)12:57(昼食32)13:29→大砂走13:43→宝永山火口14:29→六合目(雲海荘)15:18→富士宮口五合目登山口15:33
登山の起点となる富士宮五合目登山口は標高2400m、岩手山をゆうに超える高さである。高度順応のため、牛歩の如く隊列を組んでゆっくりと慎重に登っていく。程なくして六合目に到着した。ここからがこの日の正念場である。九十九折の坂が延々と続く。八甲田大岳への上り坂が果てしなく続くイメージといったところか。
急登と呼ぶほどではなく、体力的にもそれ程きつくはない。山肌にはヤマセの如く霧が湧き、体感15度といった感じで、吹きつける風は下界の暑さを忘れさせ、むしろ心地よい。
七合目を過ぎて標高3000mを超えると、高山病のリスクが高まる。自分の体調を確かめながら前に進む。思いがけず、雲間から雄大な景色が現れた。駿河湾と麓の市街地、それに続く海岸線の先に突き出た伊豆半島、その雄大な景色に歓声が上がった。
夕日に赤々と染められていく空の下、高山病に悩まされることなく八合目の山小屋まで登り切った。
夕食を済ませて小屋の外に出ると、天上には月が出て星空が広がっていた。しかし、それに以上に美しかったのは眼前に広がる夜景である。
富士宮から駿河湾に伸びる市街地の光は、富士市で海にぶつかるとそこから東西に連なり、東は三島、沼津、小田原の街を浮かび上がらせ、その先は横浜から東京湾へと続き、西は静岡の丘陵地帯を埋め尽くしていた。麓では花火大会が開かれ、時折、チゴユリほどの小さな光の輪が点滅していた。
最高のロケーションを前に、意を決してビールを買った。わが人生、最高所(3400m)で飲む最高値(350m缶700円)のビールである。その価値もまた最高であった。「この時間がいつまで続いてほしい」、そんな幸福感につつまれた一夜であった。
翌日は3時半起床、4時過ぎに外に出ると東の空は赤く染まり待望のモルゲンロートであった。一同、ライトを点けての行進である。見上げる先に九合目の山小屋が見えた。そして、その遥か上に鳥居が認められた。そこが山頂であるらしい。九合目の万年雪山荘で小休止し、さらに登り続ける。九合目五勺の胸突山荘まで来ると、鳥居が大きく見えた。やがて、その時は来た。鳥居をくぐった先が、富士宮口の山頂だった。
急いで奥之院に参拝し、山頂郵便局でスタンプを押して葉書を出し、ホットコーヒーを買って登り口に戻り、下界を見下ろして山頂コーヒーを味わった。その景色は、日本地図を見るが如く、駿河湾の東には「これっぽっちか」と思うほどの伊豆半島が突き出て、それに続く相模湾の向こうには三浦半島が横たわり、その奥には東京湾を囲むように房総半島が遠望できた。
ここから、オプションの一つであるお鉢周りに参加した。見上げる剣ヶ峰は荒々しい表情を見せて聳え立ち、見下ろす火口はこの山が重ねてきた時間の厚みを物語っていた。
剣ヶ峰の石柱には長い行列ができていた。日本最高地点は別の場所にあると聞き、そちらに移動する。見れば、大岩の一角に赤い×印が書いてあった。
そこが、日本で一番高い場所であった。しばらく待ってやっと記念写真を撮ることができた。
[写真]精進湖の左向こうに南アルプス、右奥に北アルプスの名峰がそびえる
剣ヶ峰から西安河原を経て久須志岳に至る道には、南アルプスの名峰が居並ぶ絶景が広がっていた。初めて見る聖岳、赤石岳、御嶽山、北岳といった山々の美しさに足が止まる。
眼下には本栖湖から順に湖面を輝かせる富士五胡が次々と現れ、その先に北アルプスの峰々が認められたが、どれが穂高連峰でどれが槍ヶ岳なのか見分けられないままに、その姿を瞼に焼き付けた。
八ヶ岳、妙高山、浅間山……、巡ると共に開かれていく視界は、まさに日本一の絶景と呼ぶにふさわしく、「山登りの楽しさここに極まれり」の感、誠に大なるものがあった。
吉田口山頂で、この日2度目の山頂コーヒーを楽しむ。坂道を登ってくる人たちを眺めながら、達成感がしみじみと湧いてきた。ここから御殿場口山頂までも絶景の連続である。箱根山塊の上に輝くのは芦ノ湖である。前面に宝永山が黒い山肌を見せた。
天上の大パノラマを堪能し、名残惜しくも下山となった。御殿場口から一気に下り、七合目の砂走館で昼食を摂った。大砂走を駆け下り、プリンスルートを通って宝永山火口に至る。そこから登り返して富士宮ルートの稜線に出て、六合目の雲海荘を経由して富士宮口五合目登山口に無事に下山した。
心配していた天気や高山病に悩ませることなく、ツアーガイドによれば、山開き以来最高の条件に恵まれた登山となった。
「富士山は登る山ではなく眺める山である」という言葉を聴いたりもするが、それは登ったことがない人の言葉であろう。登ってみて改めて思う。富士山は登るべき山だと。
最高の形で私を迎えてくれた富士山に感謝し、再会を誓った山行であった。
(南隆人)